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2002年の小笠原 |
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2月19日(火) 快晴
午前8時半の電車で東京駅に9時半過ぎに到着。いろいろと食材をザックに詰め込んできたのでかなり重い。それなのにバス乗り場が丸の内側の南口だということに気づくまで多少歩き回ってしまった。ここから豊海埠頭行きの04番バス(運賃200円)に乗り、月島警察署前バス停下車。共勝丸の事務所は道路を挟んだ対面にある2階建ての茶色い建物だった。そのすぐ横は埠頭で共勝丸が横付けされており、貨物の積み込みが行なわれていた。事務所に入ると、対応していただいた女性の方から、「船は今日出ますけど海が荒れていて、到着が予定より1日遅れで3泊4日かかるかもしれませんけどかまいませんか。」と聞かれた。僕は特に動揺しなかった。確かに今日は風が強いようだ。けど1日くらい遅れても時間はたっぷりあるし、食事も(初日の昼食以外は)全食提供していただけるので、僕としては全然かまわなかった。乗務員7名の他は、お客は僕ひとりのようだ。この際だから、まったりとした船旅を存分に満喫することにしよう。
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片道18,000円の運賃を払って簡単な手続きを済ませると船に乗りみ、早速、乗務員の方に船内を案内していただいた。2段ベッドのある4人部屋を僕ひとり貸切状態で自由に使えた。部屋には冷蔵庫、テレビ、ビデオデッキまで置いてある。すかさず、冷蔵庫にビールを詰め込む。ちなみに今回は安い赤ワインも買ってきておいた。:)
でも果たして気分良く飲めるだろうか? 食事は、共同の食堂があり、そこでいただくことになっている。他に設備は、お風呂、洗濯機など(ただし洗濯機は船員専用らしい)。お風呂はいつでも入ることができるそうだ。これだけ揃っていれば長旅でも不自由しないだろう。
そうそう、船の中には自販機はないので、飲み物やちょっとしたおやつなどは出港前に買出しをしておくべし。月島の事務所の近くにはampmやお弁当やさんがあった。
乗務員さんたちはとてもにこやかで親切な人ばかりのようだ。僕に会うごとに「小笠原は初めて?
船は大丈夫かい?」などとネイティブな東北弁なまりで声かけられる。実際、船酔いは平気なほうなので、「ええ、大丈夫です。」とその度に答えた。けど、内心、大シケとなるとちょっとだけ自信がなかったりする。:)
12時半出航。お台場あたりを過ぎてそれから30分ほど経つと、たぶん有明の殺風景な貨物ターミナルに着いた。ここに1度立ち寄って、貨物の積み込みを再度行なうことになっているようだ。
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昨夜はあまり寝ていなかったので、ベッドで昼寝してしまった。気づくと夕方になっていて、船はまだ東京湾の沖合いで停泊していた。今夜は波が高いのでこのまま停泊し、明日の朝8時に東京湾を出るそうだ。夕方5時半頃、「めすだー(飯だ)」とお呼びがかかった。魚や煮付けなどの3品おかずのまかない飯である。ご馳走になった。十分満足。
2月20日(水) 晴れ
今朝方、東京湾を出た模様。しばらくすると晴天の下、富士山、伊豆半島、大島がパノラマ風に一望できた。揺れが多少きつい。だんだん食欲が無くなってきている。
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| 富士山をバックに大型貨物船が通りすぎる。 |
2月21日(木) 快晴
一昨日の出港以来、今朝方までは揺れがきつかったが、お昼頃から海はようやく穏やかになった。船酔いはなんとか免れた。今日は船長さんにブリッジの中に入れてもらった。前方に鳥島が見えていた。甲板で日差しをあびながらビールを飲む。夕方、日が水平線にどっぷりと沈んでゆくのを見届けた。本当に海の中に沈んでいくように見えた。
今夜の夕食は、トビウオのお刺身がでた。
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| 第二十八共勝丸。 |
船長さんにブリッジ内に入れてもらった。 | はるか向こうに鳥島が見えた。 |
日没。本当に海の中に沈んでいくように見えた。 |
2月22日(金) 快晴
朝7時半、父島の青灯台の埠頭に到着。外は快晴、じりじり日差しが熱い。昨日、船員さんからお話を聞いて決めたのだが、僕は明日、母島に渡ることにした。共勝丸は今晩、父島に停泊して、明朝、母島に向かうので、これを利用すると、今夜はご好意で船に泊めてもらえて、なおかつ半値近い運賃で母島に渡らせてもらえるというのである。これはありがたいことだ。早速、埠頭にある共勝丸の事務所に行き、所長さんにお話して快く許可をいただいた。白いお髭を生やした優しそうな方だ。結局、プーランには、母島に2泊した後に行くことにした。プーランにも電話してみると、市野さんが電話に出てきて元気そうにしていた。
1年ぶりに父島の街をぶらっと歩いていると、昨年プーランで一緒に楽器を弾いてお世話になった、リサイクルショップの杉山さんにご挨拶に行こうと思い立った。お店の前を通るとその方らしき人と目が合ったので、中に入ってみた。「こんにちは、おひさしぶりです。」、「やあ、どっかで見たことのある顔だと思ってたよ。今度はいつまでいるの?」、「まだ決めてません。」、「で、辞めたんだって?」、「はい、辞めました
!」、「そう。よかった、よかった。心機一転だね。」と、にこにこと笑いながら受け入れていただいた。その言葉を聞いたときに本当に救われた思いがして僕としてはかなり嬉しかった。小笠原にまた来て良かった。またゆっくりお話ししよう。
島の名物、かつ僕の好物の島寿司を買い、近くにある三日月山のウェザーステーションに登ってみた。水平線がくっきり見えて、海も凪状態である。本当に穏やかなお天気だ。ここで何時間か海を見つめていたが、クジラがブロウしているのが、今日はいたるところで十回以上見られた。強い日差しのおかげで、すでに今日一日で、顔がヒリヒリ痛くなっていた。ところで、今日発見したのだが、三日月山のイソヒヨドリがやけに人馴れしていたように思われた。人にかなり近づいて食べ物を狙っている様子なのである。ついには、隣の人が手に持っていたバナナを、油断している隙にササッとかすめとって逃げ去っていったのには驚いてしまった。
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| 三日月山から市街地を望む。 | まったりとした海。 | 「クジラ、クジラ」とはしゃぐ子供たち。 | このイソヒヨドリがやけに人馴れしている。 |
夕方、埠頭に戻って再び共勝丸に乗り込んだ。今夜も船で一泊して、明朝、母島に向かう。船員さん、もう一晩お世話になります。
2月23日(土) 晴れ
朝6時半、船が父島をゆっくりと出港した。父島からさらに南下すること2時間半のところに母島がある。(ははじま丸では2時間) 時折、船からクジラが潮を吹いているのが見えた。
9時、ついに母島に到着した。4泊もさせてもらった共勝丸が名残惜しかった。母島の港は一見、のどかな漁村のような雰囲気だ。あの父島が都会にさえ思えた。次の父島行きのははじま丸は明後日なので、港からほど近い民宿に2泊することにした。母島のいわゆる市街地は、港のすぐ近くまで山がせまっているせいか、猫の額ほどの広さしかなく、10分も歩けばほぼ一回りできる。商店が3件、小中学校が1校、宿が20件ほど、飲食店4、5件ほどが、この狭い土地に集まっている。人影はまばらでバスも走っていない。
母時まで唯一観光地と思われる郷土資料館になっているロース記念館というところに行ってみた。暇そうにしていた館長(?)のおじさんが早速僕に話し掛けてきた。よっぽど人と話をするのがご無沙汰だったのか、館内の案内などはまったくせずに僕を外に誘い出すや否や、島の植物の話に始まり、山道の話、島の暮らし、土地の値段の話など、僕としてはその方がためになるようなことを、立て板に水で、なかば圧倒されながらお話してくださった。どうもありがとうございました。
太陽はジリジリ照りつけて顔も痛いほどだが、木陰に入るとかなり涼しく、半袖では肌寒い感じがする。夜になるとフリースが必要になるくらい。
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| 前方に母島が間近に迫る。 | 港に近づいた。 | ロース記念館 | クジラのモニュメント |
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| 海面がキラキラしていた。 | 御幸の浜。 | 小笠原で唯一紅葉するモモタマナ。 |
2月24日(日) 快晴
今日もよい天気。午前中は港の海岸でのんびりしていたが、お昼から島の南のほうへ歩いて出かけることにした。市街地から南の方へはコンクリートの舗装道路が続いているが、徒歩で1時間のところで行き止まりのロータリーになっていて、そこからはジャングルの中の遊歩道が続いている。約30分ほど歩くと、最南端の南崎に到達できる。途中、蓬莱根海岸に立ち寄って、1時間ほど波の音を聞き入っていた。ここは海の水が綺麗だ。
母島の最南端は子富士といって、150mほどの小高い山がそびえている。そこに立つと、島やそれをとりまく海や大小の島々を一望できた。眼下には南崎の海岸が見下ろせる。
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| こじんまりとした母島の港。 | 港の漁船の下には小さな魚。 | 蓬莱根海岸。 |
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| 母島最南端の子富士に立つ。 | 子富士より南崎を見下ろす。 | 南崎海岸。向こうは子富士。 |
夜になって、久しぶりに雨がぱらついた。
3月25日(月) 晴れ
宿を出るとき、ご主人から島トマトを3個いただいた。かじって食べてみると意外に甘くておいしかった。父島行きの船は午後2時である。それまでしばらく町を散策して、港の近くにある木陰のベンチに座っていると、僕より10以上ばかり年上と思われるひとりの男性が近寄って「いつまでいるの?」と話し掛けてきた。話を聞くと十数年前に勤めていた会社を辞めて母島に住みついたそうである。僕が植物の話を聞くと、なんだか嬉しそうに答えてくれて、おもむろに車から植物図鑑を取り出して親切に教えはじめた。その図鑑をみると、やたら年季が入っている。相当使い込んでいるようだ。「なかなか植物の名前を覚えられなくてねぇ。」と笑って言いつつも、かなり詳しいご様子だ。出港まであと1時間半ちょっとあることを告げると、それでは、と、「誰も行かないような静かな場所に車で案内するよ」と言うので、ありがたく一緒に車に乗せてってもらった。
車で約10分ほど、そこは昨日僕が歩いていった舗装道路の行き止まりのロータリーで、そこから昨日とは反対側の、つまり東海岸側の方へ藪の中を歩いて2、3分ほどかき分けて行ったところにある海岸の崖ッ淵だった。センマイバ(確かそんな名前だった。違っていたらごめんなさい。)という珍しい植物が方々に生えていることを教えてくださった。景色もすごく良いところ。
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| 母島のメインストリート。 | 珍しいセンマイバ(?) | ははじま丸には初めて乗る。 |
港まで送っていってくださる途中で、その方の畑に立ち寄って、生のウコンをいただいた。かじると苦いが、口の中でハッカのようにスーッと感じる人は、健康な証拠だそうだ。僕はそう言われてスーッと感じた。:)
出港の時間になり、最後までその人に見送っていただいた。たった1時間ちょっとだったのに、親切にしていただいた。
海はうねりが大きく、ははじま丸は揺れた。とたんに食欲をなくした。
父島の埠頭に着くと、プーランの清水さんと市野さんが「おかえりなさい。」と、迎えにきてくれていた。どういうわけか2人とも髪が短くなっていた。:)
プーランは去年と変わっていなかった。変わっていたのは、犬のらんまるが逝き、猫のモミーが行方不明になってしまっていたこと、そしてセキシンさんが内地に戻って今は日光で野生のシカを追っかけていること。市野さんは、そろそろ小笠原に定住するつもりらしい。
清水さんは自力で宿のログハウスを建てた実績があるので、僕も参考にしようとその話や失敗談などを聞かせてもらったりした。夜、清水さん、市野さん、チカちゃん、そして僕ともう一人の若い女性の宿泊客と一緒にお食事させていただいた。(その女性も最近会社を辞めちゃったそうである。)
今夜は僕には久しぶりのご馳走だった。母島では、お手軽なうどんやおにぎりやパンで過ごしたから。チカちゃんが「うちの今年の年賀状の一番はたっちゃんの年賀状だったよ。たっちゃんのHPを見てプーランに来てくれたお客さんもいたよ。」と言ってもらえたのは嬉しかった。僕は去年作った小笠原の動画のCD-ROMをもってきて清水さんに差し上げた。これをMacで見たみなさんは「おーっ、らんまるだぁ! モミーだぁ!」などと懐かしそうに雄叫びをあげて、たいそう気に入ってもらえた。こんなんで良かったらプーランのプロモーションビデオにでも使ってください。何枚でも差し上げます:)
3月26日(火) 快晴
東京を離れて一週間過ぎたが、今日までずーっと良い天気が続いている。朝、久しぶりにコーヒー豆を焙煎して一服した。今日はお気に入りのジニービーチまで歩いていくことにした。途中の丘から見下ろしたときの海の美しさは、ここはピカイチだなあと、あらためて僕は思う。今日も人っ子ひとりいないのをいいことに、プライベートビーチを楽しんできた。そういえば、ジニービーチに下りる急な砂地の崖に張ってあったロープが、今回は無くなっていた。あとで市野さんに言ったら、「そうそう、それ正解。多分最近、切れたんだよ。」
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| ジョンビーチ。やっぱり変わらない美しさ。 | ジニービーチ。やっぱり変わらない美しさ。 | 小港海岸にそそぐ八ツ瀬川の水面が鏡のように美しかったので思わず足を止めてしまった。 | |
プーランに戻ると、夕食の時間にはまだ早かったが、昼飯を食べていなかったので、1合半のご飯を炊いて、カレーをぺろっと平らげてしまった。そうしていると、今日からの新たな宿泊客5名と清水さんたちが宿に戻ってきて、夜はみんなで夕食会となった。カレーでお腹一杯にしておくんじゃなかった。:)
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| ケッチグサにミツバチ | コペペの浜。 | 扇浦の浜 | 扇浦とカヤック |
町まで買い物。塩も買った。
去年来た時は僕はもっぱらレンタバイクを使っていたが、今回はバイクはやめて初めてバスに乗った。この島ではバスでの移動が意外と便利かもしれない。村役場と小港海岸までの間を、1時間に一本の割合で往復している。町から離れた場所であれば、停留所でなくても好きなところで乗り降りできるそうだ。乗客は誰も乗っていないことも多い。バスに乗るや否や、運転手さんから、「観光ですか?」と声をかけられて、その先はバスの中で2人だけの世間話となる。こうやって地元の人とお話をするのは楽しいし、興味深い。
今夜は飛びっきり明るい満月だ。
2月28日(木) 快晴
総勢9名で南島シーカヤックツアーに出かけた。南島は僕は去年に続いて二度目である。南島は今、島の自然を維持するための植生回復工事が行なわれているようだ。自然を維持するために、人が手を加えて良いのかどうかについては、考えの分かれるところでもあり、難しいところではあるが、慎重に調査した上で試みようとしているということのようだ。去年、赤土が剥き出しだったところが、ネットで覆いかぶせてあったり、人が立ち入ることのできる場所を制限していたりしていた。しかし、エメラルド色した扇池の青さや砂浜の白さの美しさはほとんど変わりなく、安心した。
僕は、浜辺に寝転がりながら、もしこの島に夜に来れたら、どういう風景になるのか想像してみた。さぞかし不思議で幻想的な世界になるに違いないと思った。扇池や砂浜やヒロベソカタマイマイやクサトベラは昼間と違ってどんな色を放つのだろうか? 耳を澄ますとどんな音が聞こえてくるのだろうか? もしかしたら月の光を浴びてウミガメが産卵しに砂浜にあがってくる音でも聞こえてくるのだろうか?考えただけでもワクワクする。
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| 今年もまた来てしまった南島。 | 清水さんはお仕事忘れて砂浜の上でお昼寝。 | スーツ無くても泳げた。 | よっ、ご両人。 |
今夜は賑やかな夕食となった。みんなが持ち寄った料理はスパゲティ、焼きソバ、ビーフン。なぜか麺づくし。そしてそして、今日、清水さんが今日、南島に行く途中で釣り上げたナンヨウカイワリ。いっぱいご馳走がならんだけど、南島ツアーはみんなのエネルギーを相当消費したらしい。あっという間にみんなで平らげてしまった。
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| 清水さんが釣ったナンヨウカイワリ。 | これが今日の食卓にものぼった。 |
東京を立ってそろそろ10日経つ。ずーっと快晴が続いている。そろそろ雨が恋しくなったのは僕だけだろうか。
3月1日(金) 快晴
今日は1日読書の日と決めた。清水さんに「これを読んだら?」と3冊の本を貸していただいた。人の生き方を再考するのには適した本だった。
・「9つの森の教え」 峠隆一
・「世界がもし100人の村だったら」
・「微笑を生きる」 ティク・ナット・ハン
朝から、キッチンの外のベランダで、木漏れ日の中でコーヒーをすすり、鳥のさえずりや風にそよぐ木々のざわめく音を聞きながらゆっくりとページをめくっていく。うーん、なんて贅沢な空間なんだ。直接、日が当たらないので、しばらくすると少し肌寒くなる。そうすると、お隣の猫のコナが日向ぼっこしているテラスの方に移動する。そして今度は暑くなると、またもとの日陰の涼しい場所に移動。行ったり来たりしながら本に没頭していた。こういう自然と一体となった環境で普段のお仕事もできたら、などと思ったりする。
ここに座っていると、近所の人たち同士の会話もごく普通に耳に入ってくる。「手紙をポストに出したいんだけど、今日船で帰る人がいたらついでに町まで持っていってもらえないかなぁ。」とか、「これ持ってきたんだけど良かったら食べない?」だとか。みんな信頼しあってここで暮らしている。
午後、チカちゃんにウクレレを借りて海の見える2階のテラスで弾いた。僕は小学生の頃、夏休みの工作で漬物だるを再利用してウクレレを作って練習したことがある。(奈良漬の酒粕の匂いがいつまでも残っていたのを思い出した。) そのとき以来、ほとんど弾いていなかったので、コードを忘れかけていた。それからチカちゃんが、小笠原小謡を弾き語りしてくれた。シンプルだけど、とても温かい唄だった。
丸木舟
南の空のはて
波のはなさく島に
浮き世を遠くみて
恋をかたるふたりよ
こころも丸木舟に
ザボンの色の月が
あのヤシの葉にのぼるころ
どじんの恋の唄に
胸はおどるふたりよ
こころも丸木舟に
舟はなみにまかせ
この身は恋にささげ
つきせぬ想い
かたるは夢のふたりよ
こころも丸木舟
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| 今日は読書日和。 | 今日は清水さんの誕生日。海の見えるテラスでBirthday Cake をいただく。 | チカちゃんがウクレレで島の唄を歌ってくれた。 |
今日出会った「9つの森の教え」という本では、人間本来の生き方や暮らし方を感じた。また一方、たとえば小笠原のような自然豊かな場所にしばらく滞在していても、その自然や、あるいは、人との触れ合いから、大切なことを感じることもできる。けれども、再び都会の生活に帰ってしまうと、せっかく自分の中に蓄えられた大切な感性とかエネルギーが次第に失われて、いつしかまた元に戻ってしまいがちになる。そして、ある日そのことに気づき、また刺激や安らぎを求めて遠くに出かけてみたりする。そんなことを繰り返す。はたしてこれは、都会に住んでいる限り、どうしようもないことなのだろうか。もしくは、それはあたりまえのことなのだろうか。地方で暮らしをするということを考えたとき、ふとそんなことを思った。
3月2日(土) 晴れ
プーランから歩いて1時間ほどのところにある野羊山(やぎゅうさん)に、本「微笑を生きる」を持って出かける。読んでみて理屈はよくわからないけれど、とにかく1日一回くらいは「意識して呼吸をする」ということを、これからは心がけてみよう。
野羊山からはジョンビーチ、南島、はるか向こうに母島が一望できた。クジラを期待していたが、今日は見ることは出来なかった。
町の青灯台のある港に行ってみると、共勝丸が停泊していた。3月の運行予定を確認しようと何回か電話しても連絡がとれていなかったので、今のうちにと、そばにある事務所にかけよってみると、またあの所長さん(木原さん)がいらっしゃった。「こんにちは。先日はお世話になりました。次はいつ船は出るんですか?」と聞くと、「5日にでるよ。小笠原は楽しんだかね?」とにこにこと答えてくれた。ここにはまだまだ滞在したいけど、帰ってまた次にやりたいこともあるし、東京へ戻っても、もう大丈夫だなと、なんとなくそう思った。よし、次の便で帰ろう。「なんか困ったことがあったら、ここに連絡しなさいよ。」と、小笠原で廃棄されたペットボトルを再生して作られた名刺をいただいた。ありがたい。でもいつもお留守なんだよなぁ。
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| 野羊山に登る。 | ジョンビーチ(左)、南島(右)、はるか向こうに母島(中奥)が一望。 | 父島のビーチの砂の色は海岸によって微妙に違う。(多分、市野さん採集) | コーヒーがそろそろ無くなってきたので、豆を煎る。 |
夜、市野さんに三脚を借り、宿泊客の2人を誘ってコペペビーチにカメラを持って出かけてみた。夜の海岸は昼間と違ってまた一種独特の雰囲気がある。月がもうすぐ現れる時刻なので、辺りはぼんやり明るくなっていた。浜辺に寝転がり、静かな波の音を聞きながら、深呼吸して、オリオン座を見上げた。うーん、夜の南島が気になってしまう。
3月3日(日) 快晴
たまには町まで歩いてみよう、と思って、プーランからてくてく歩いて出かけてみた。片道5キロくらいあるのだろうか、1時間ちょっとかかった。車やバイクで見る風景と違ってまた別の視点でものをみれる。帰りはバスにしようかとも思ったけど、結局、往復歩いてしまった。でも、もう嫌だ。:)
昨日まで毎日のように綺麗な日没を見てきたが、グリーンフラッシュというものに僕はまだお目にかかっていない。今日こそは見逃すまいと思って、夕方、コペペ海岸の上にあるトーチカに行ってみた。しかーし、昨日までは、水平線にしっかりと夕日が沈むのを見届けられたのだが、今日に限って水平線を雲が邪魔していた。
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| 小港道路。この坂を登るのは辛い。 | 境浦の沖には、昔、座礁した廃船が今でもある。 | トーチカの夕日。グリーンフラッシュは確認できず。 |
3月4日(月) 晴れ
プーランから歩いて約1時間ほどのところにある吹割山に登る。亜熱帯農業センターの敷地を通り抜け、道だかなんだかわかんないような藪の中をしばらく登ってそこを抜けると、切り立った岩山がふたつ立ちはだかっていた。手前の方の岩山の高さ10数メートルほどある絶壁をロッククライミングの三点確保の要領でよじ登っていく。滑って落ちたら骨折は覚悟。やがて、大村や小曲、小港地区が一望できる見晴らしの良い場所に出た。今日は風が強く、少し肌寒かった。それでも2時間ほどそこにいた。もしかしたら明日から少しお天気が変わるかもしれない。
午後はプーランにあるチャリンコを借りて、町まで往復してみた。町までの道のりは、結構アップダウンが多いので、上り坂は太腿にこたえる。
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| 吹割山の岩山。 | 小曲、小港地区。 | 今日は夕焼け。 |
夜、僕が明日帰るというので、リサイクルショップの杉山さんや村役場のシゲキさんがギター片手にプーランにやってきた。この島で気象のお仕事をしているピエールさんもお出ましだ。泊まっている人たちも混じってみんなで楽しく食事をしながら話していた。しかしだ。お別れのお食事会に来ていただいたのにもかかわらず、それなのにだ。僕の滞在期間は急遽延長することになってしまった。「20日ごろに、またバンドやるんだよねぇ。もう少しいたら?」なんてことを冗談まじりに言われて、僕はもうその一言で簡単にその気になってしまっていたのであった。あーあ、なんて優柔不断な性格なんだ。まあ当初の予定が
2 weeks or more のつもりで来たので、よしってことにしよう。Let it be 。清水さんすみませんが、もうしばらくの間お部屋貸してください。僕もピアノ弾きながら、最後にみんなで、Let
it be を歌った。
(自宅の冷蔵庫にそのままにしていた飲みかけの牛乳パックが気になっている
:-)
3月5日(火) 晴れ
今日は、二つ並んだ個室のうちの、日当たりの良い隣のお部屋の方に薦められて寝床を移動した。
今日から、買出しなどの移動はできるだけチャリンコを使うことにした。島にいる間に脚力を鍛えようと思う。
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| 二見湾のシマアジ、カンパチの養殖。 | プーランのジャグジーに浸かる。 |
3月6日(水) 雨
僕が東京を離れて以来2週間以上続いていた晴天は、今日でピリオドだ。夜中からぽつぽつと雨が降りはじめていた。今日はケータ島に行く予定だったのに、よりによってこんな日に降らなくてもいいのに。あんなに雨が恋しくなっていたのに、いざ降ると恨めしく思う。人間って身勝手だ。:) ケータ島は延期することにした。明日の船で帰る予定の新婚カップルも今日の父島一周ツアーは欠航となったようなので、僕達で雨の小笠原を宿で過ごすことにした。1日くらいは雨もいいものだよと慰めるのであった。昼から本降り、風もでてきた。お昼にお酒を買出しに行って、一日中、歌って飲んでいた。これでも楽しいので、ツアーには行けなくて正解だったみたいだ。僕は明日帰る新婚さんカップルのために、町田謙介さんの「星影のワルツ」をウクレレで唄った。
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| プーランのタイカレーは旨い。 | 新婚さんカップルは明日帰ってしまう。 | イソウロウ・ブルース。 | 宴は遅くまで続く。 |
3月7日(木) 曇り
今朝、外に置いてあったネズミ捕りにクロネズミが一匹かかっていた。島のネズミは内地のドブネズミと違ってそんなにきたなくはなく、よく見るとかわいいのである。キッチンには時々ゴキブリもでてくる。雨が降れば外のテラスの床はジメジメと濡れて裸足で歩くと冷たくあまり気持ちの良いものではない。タンクの水は蛇口から時々出ないこともある。でも自然と共存しながら暮らすということは、そんなことはあたりまえなのである。美しい自然の中に囲まれて単にのんびり快適に過ごすという奇麗事だけではない。しかし、それでも居心地がいいと感じるのはどうしてだろう。そこに飾らない温かい人たちが介在しているからなのだろうか。プーランのキッチンに置いてあった星野道夫さんの本にも書いてあったが、彼自身は、「アラスカがただ美しい自然だけだったとしたら自分はそこには長くは住まないだろう。そこに人の暮らしがあって、人間と大きな自然との関り合いがあるから住むんだ。」というようなことを言っていた。
昨夜からの雨でキクラゲが生えていないか、森の中に入ってみたが、今日は見つからなかった。ラーメンに入れると旨いんだが。
ビートルズのピアノ譜を、清水さんから「Get
Back」を口ずさみながら渡された。どうやら村役場のビートルズ狂のシゲキさんから僕への「練習よろしくね」というメッセージのようだ。
午後おが丸で立つ新婚さんカップルを見送りにみんなで港に行った。かなりの人と車だった。町にはこんなに観光客がいたのかとちょっと驚いた。森の中に住んでいると気づかないものだ。
そのあと、ハミングバードに寄ってみると市野さんもピエールさんもいた。このお店はプーランの溜まり場になっている。今日は曇天で肌寒いので、店先で売っていたやきいもを無性に食べたくなり、杉山さんのお店の戦略に見事にはまった。:)
20円のみつあんずも旨い。リサイクルと駄菓子とやきいも、ちょっと想像できない組み合わせである。父島に来たら是非立ち寄ってみてください。(宣伝
:-)
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| 雨はやっぱりうっとおしいけど、草木にとっては恵みになる。 | プーランで一緒だったみんなを見送る。 | ハミングバードのやきいもにつられた。 |
町の掲示板に張ってあった天気図を見て台風が近づいていることがわかった。といってもまだ1000kmほど離れているらしいのだが。台風は島の人たちや観光客にとっては厄介なことだろうけど、僕にとっては初めてだし、ちょっと興味がある。プーランの隣にバナナの木があり、その枝が電線に垂れ下がりそうになっていたので、お隣さんと協力して補強していた。
ところで小笠原の塩はプーランの奥のご近所で作っているそうだ。知らなかった。どうやら最近こちらに引っ越してきたとのこと。近いうちにちょっとのぞいてみよう。
今夜は一人になったので、清水さんのところで、茹でたカニや島の新ジャガをごちそうになった。
そういえば、北海道願望の僕は何度も行っている割りには、こういう長期滞在を北海道では実はまだやったことがない。
3月8日(金) 曇り
杉山さんがやってきて、長崎岬の方に連れて行くといので、市野さんと一緒に車に乗せていってもらった。観光客の踏み入ってこない場所はこの島にはいくらでもあるものだ。戦時中のトーチカや残骸など生々しく残っていたりした。ここは父島の北側にあり、兄島や二見湾が一望できる眺めの良いところだ。また天気の良い日にでも再度ひとりでチャリンコで来てみようと思った。
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| 戦時中の背丈ほどもある照明の残骸。 | 長崎岬より兄島瀬戸。 | 杉山さんと市野さん。 |
島に住んで20年になる杉山さんの話によると、今でこそ東京のテレビチャンネルはリアルタイムですべて観れるが、5年位前はBSのみ、さらにその前はケーブルテレビで3ヶ月遅れの番組を配信していた。その時代には、手書き文字で商店の自前の広告もテレビに流していたりしていて、「昨日のお前んとこの宣伝、字がきたねぇな。」なんていうほのぼのとした話もあったようだ。今だったら、インターネットでそういうお店の宣伝もすぐにやれることではあるが。
お昼頃、学生の団体さんがプーランにやってきた。新しい宿泊客に対する恒例の清水さんの自然環境のリサイクルの話を、僕もあらためて自分の部屋から聞いていた。
3月9日(土) 晴れ
近づいていた台風はいつの間にか消滅していたみたいだ。今日は4日ぶりに晴れた。やっぱり晴れていた方がいいものだ。
今日も鍛えようと、チャリンコで町まで2往復した。途中、浜めぐりもしたので、20キロ以上は走った。町に行くとハミングバードの駄菓子が癖になって、また寄ってしまった。まるで小学生の学校帰りの買い食いだ。
釣浜ではイソヒヨドリがやはり人馴れしていて、僕のそばまでかなり近寄ってくる。
コペペのトーチカに夕日を見に行く。この近くにはハカラメの葉がたくさん茂っていた。葉っぱの先からいくつもの芽を出す面白い植物である。島ではこの葉っぱがおみやげとして人気があり売れているらしいのだが、何の事は無い、お金を出さなくても辺りには嫌というほど生えている。
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| 町の裏通りで日向ぼっこ。 | 宮之浜。 | 釣浜のイソヒヨドリ。 |
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| 境浦で遊ぶ子供。 | このチャリで町まで2往復した。 |
3月10日(日) 快晴
朝、目が覚めて部屋の窓から青空がのぞいていると、すごく嬉しくなる。今日も朝から良く晴れてくれた。気分よく朝からピアノを練習する。
扇浦へ遠回りで歩いて行ってみた。途中、ヤシの葉のトンネルのような道を毎日のように通るが、僕はこの道を歩くのが好きだ。ところで僕はいまだかつて歌を作ったことがない。島にいる間に一曲作ってみようか、などと思ったりした。そういえばここは町田さんの「Just
Like A Boy」や「海みたいな青空」とかの歌がよく似合う。
午後はプーランから奥の森の中を抜けてコペペビーチに行くことにした。最初は良かったがそのうち道もなくなり、うっそうとしたジャングルの中をかき分けながら進んでいくことになる。でもどうやら方向がそれて小港の八つ瀬川にの方に出てしまったらしい。それ以上、下には下りられそうもなかったので、向きを変えて海岸沿いの方向にジャングルの中を登ったり下ったりした。そのうちに小さな沢に出たので、沢づたいに下りていけばなんとかなるだろうと思い、下っていった。しばらくすると遊歩道に出た。そしてコペペへ。遊歩道はつまらない。歩幅の合わない階段も邪魔くさい。道のないジャングル中をさまよい歩くほうが、ずーっと面白い。
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| ピアノの練習。 | 好きな散歩道。 | 静寂な森の中。 | 木漏れ日が葉に差す。 |
いつものようにトーチカで夕日を見る。グリーンフラッシュは見えなかったけど、今日の夕日はいつになく真っ赤に燃えていた。
今日は市野さんがタイを釣って来たので今晩もお刺身をごちそうになった。旨かった。ここではいつも自給自足の生活を垣間見ている。それから干しぶどうを焼酎にたった1時間漬けて作ったというぶどう酒みたいなのが甘くておいしいのにはちょっと目から鱗。
3月11日(月) 快晴
今朝もお天気だが、どういうわけか寒い朝だ。気温も14℃前後くらい。
ジョンビーチに行く途中にあるブタ海岸にサメがいると、先日から噂を聞いていたので、ブタ海岸まで行ってみた。いるいる。10匹はいたかもしない。波打ち際の浅瀬に群れとなってうようよしていた。何人かの若者が面白がって、石を投げていた。サメに当てたりするのではなく、ちょっと驚かせて飛び跳ねるのを見たいがためのようだ。そんなことをしなくてもいいのに。サメがどうしてこんな波打ち際にいるのか、僕には理由がよくわからない。水が温かいのでお昼寝にきているのだろうか。(もしかしたらネムリブカなのかもしれない。)
ブタ海岸に、ビーチの清掃や土木のアルバイトをしている若者がいた。一時間ほど浜辺に腰をおろしてサメを見ながら彼とお話した。小笠原に来て2、3年、この仕事をしているらしい。彼は車にのって遠くに行くのが好きみたいなので、島にいるとそれができないと言っていた。父島の土木のお仕事などは最近は少なくなって、逆に母島のほうが増えてきているようだ。先日、僕が母島に行った時もあちこちで工事をやっていた。
コペペのトーチカには3日連続通っている。
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| ブタ海岸(右)と裏ブタ海岸(左)。 | ブタにはサメがいる。 | ヤギの糞。 |
3月12日(火) 快晴
Papaya のツアーで、ケータ島(聟島)に向かう。父島から北へ約70キロ離れたところにある。途中には嫁島、なこうど島がある。ケータ島は最初の入植者であるオキヤマケイタ(間違っていたらごめんなさい)という人の名前からそう呼ばれているらしい。今は無人島だ。今日は波は穏やかと聞いていたのだが、いざ海に出ると、波が結構あたっていた。クルーザーも大いに揺れる。波飛沫ももろに受けたりで、カヤックのようにまったり気分というわけにはいかない。
島に上陸してビーチで休憩したあと、島の一番高い100メートルも満たない大山に登る。歩いて30分ほどだ。島の海岸は切り立っているが、内陸の方はゆるやかで広大な丘陵が続いていて、牧草地のようにもみえる。その中にビロウや立ち枯れした真っ白なモモタマナの木が所々に点在していた。父島などとは雰囲気ががらりと変わっている。山の頂上からは島を360度パノラマ展望できる。それから、船で沖合いから崖の方を見上げると、ちょっとめずらしいコアホウドリの求愛ダンスが遠くにみえたりした。
そうそう、ケータに行く途中、イルカやクジラが嫌というほど現れたが、嫁島の手前あたりで今までみた中で僕にとっての一番大きなブリッジを目の当たりにした。海面上に尾ひれが高く上がった。これは一眼レフの望遠で撮ったので帰ってから現像が楽しみだ。
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| 目指すはケータ島。 | ケータの南浜。 | |
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| ケータのゆるやかな丘陵。 | 逆光の針之岩。 | |
波風にあたって体が冷え切っていたので、プーランに帰って熱いお風呂がとても気持ちよかった。
さらに日焼けしてしまった。しばらく治まっていた顔のヒリヒリがまた始まった。
3月13日(水) 晴れ
プーランのご近所にある、小笠原の塩を製造している小屋をちょっとのぞいてみた。ご主人のほかにお手伝いさんも2、3名いるようだ。今日はちょうど作り終えたところだったが、少しだけ小屋の中を見せてもらった。「作っているときにまた来てごらん」と、一握りほどの出来たての温かい塩をいただいた。また行って見よう。
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| 小笠原の塩はここで作る。 | 小屋の中の塩釜。 | 夕暮の境浦で犬が水浴び。 | 昼間の八ツ瀬川のモモタマナ。 |
夜、ひとりで小港海岸に星を見に行く。明日は新月らしいので今ごろが最適だろう。プーランから暗闇の中をカメラを背負って歩いて行った。小港海岸には八ツ瀬川が注いでいるが、その入り江の付近はまったく流れがなく鏡のようになってる。(2月26日の写真参照) 時折、魚が跳ねるのでそれが水面をわずかに揺らす程度である。そのため、その川面には星が綺麗にくっきりと反射して見えるのである。こんな不思議な光景を見たのは初めてだった。なんと僕は星空を見おろしているのである。オリオン座などの星座もそのまま対称形となって綺麗に映っている。入り江には橋があって、そこから覗き込んで水面に映る星をじっと見おろしていると、吸い込まれそうで宇宙遊泳しているような錯覚に陥る。「感動したっ。」
海岸では、裸足になって波打ち際に入りバシャバシャやると足元で夜光虫が静電気の光のように青白くチカチカ光るのが見えた。これも見たのは初めてだ。そして海面は波でたえず揺らめいているにもかかわらず、それでも星の明かりがぼんやり反射しているのがわかる。星の明かりは意外に強力であることを発見した。
帰りに、暗闇の中で上のほうからメキメキッ、ゴロゴロッと音がした。道路の上の高さ数十メートルもの崖から大きな岩がくずれて下に転落したようだ。少しビビッた。
3月14日(木) 晴れ
境浦の先にあるシュガービーチに行く。ここは地図にも載っていない、一見、何の変哲もない猫の額ほどの狭さで、石がごろごろしたビーチだが、石ころをどけるとその下にお砂糖のような透き通ったつぶつぶの砂が現れてくる。これは石英だからなのだそうだ。去年はじめてのシーカヤックでこのビーチに寄って、そういう話を聞いて、そのときはさほど興味はなかったのだが、今回はその綺麗な砂を見たくなって、上の道から歩いて浜におりて再びきたのだ。小笠原はビーチによって砂の色や形がそれぞれ異なるので興味深いものがある。
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| シュガービーチ。 | シュガービーチの砂。透明。 |
3月15日(金) 晴れ
午前中、星野道夫の「アラスカ 光と風」を読んでいると今日もお隣の犬のクーがやってくる。プーランには今は動物はいないが、お隣の犬や猫がいつも遊びに来る。
今日は市野さんもシーカヤックがオフなので、2人でチャリンコで初寝浦に行くことにした。初寝浦は島の反対側だ。夜明道路の急な坂をいくつかジリジリと登っていくと初寝浦へ下りる遊歩道の入り口がある。そこからはひたすら歩くと海岸にたどりつく。浜にはオカヤドカリがウヨウヨいて、ここのヤドカリはギッギッと鳴くものだと初めて知った。そのすぐ北側にある北初寝浦にも行ってみた。道があるのも知らないで、せっせと山の方に登ったりしていたら辿りついた。
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| お隣のクー。 | 初寝浦海岸。向こうは東島。 | オカヤドカリ。 | たたくとギッギッと鳴く。 |
帰りのチャリンコは夜明山を越えると町までの長い距離は一気に下り坂である。風を切って相当気持ちが良かった。
疲れて甘いものが食べたくなったので、駄菓子やによる。冷たく冷やしたあんず棒が旨い。今晩は杉山さんたちが来てバンドの練習することになっている。結局、そのままプーランまでチャリンコで帰り、半日で島の道路を一周してきた。
夜、みんなで夕食の後、バンドの練習。ビートルズナンバーはここぞとばかり杉山さんがみんなを仕切る。ようやく曲らしくなったみたい。前回の練習にくらべると格段の進歩だ。がはは。本番はあと5日だ。
3月16日(土) 曇り
朝から空気が湿気っている。肌がべたべたする。空はどんよりと雲に覆われていてる。こういう日は部屋にいよう。そう、曲でも作ってみるか。
夕方、雨がぱらついてきた。
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| メロが沸いてこない。 |
今日は一人の宿泊客がやってきた。VAIOを作っている某電機メーカーに勤めている男性だ。がははっ。ちょっと興味ありなのでいろいろ聞いてみよう。
3月17日(日) 晴れ
夜中、すごい雨風だったが、今朝は晴れた。それでも今日1日は雲が多くてなんとかお天気はもちこたえたようだ。まあ、島では天気予報もあまりあてにならないものだ。そういえば昔、僕はNHKラジオの気象通報を聞いて天気図を書いていたりしたことがあったが、また最近やってみたくなってきた。けど、今もあの放送はやっているのだろうか。
島の水がめである時雨(しぐれ)ダムと、今は使われていない境浦ダムをチャリンコで見に行った。しかしそれより、今日の成果は、下の境浦からプーランまでの長い急な坂道を足を付かずにはじめて完走できたこと。いつもは登り始めてすぐの交流センターバス停付近でギブアップしてしまうのだが今日は比較的楽に登れた。うーん、漕いでいてあまり楽しくはないけど、すこしだけ嬉しかったりする。
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| 時雨ダム | 境浦ダム |
3月18日(月) 曇り
何日か前にとってきたハカラメの葉を部屋に置いといたら、葉のまわりに小さな芽とひげのような根が生えていた。この葉っぱを土の上に置いておくとさらに育っていくらしい。島のおみやげやさんではこれを2、3枚200円くらいで売っているんだよねぇ。
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| ハカラメから芽や根が生えた。 | ヤギの大群発見。 |
時雨山に登ろうと、今日も時雨ダムに出かけた。するとダムの脇の道端にヤギの大群を発見。山肌にもいくつか群れがみられる。ダムの下の畑にも侵入していた。ここらあたりは特にヤギが多いみたいだ。あちこちで泣き声がこだまする。ヤギは向こうが気づかないうちはかなりそばまで近寄れる。でもいったんこちらに気づくと一目散に逃げていく。親子で連れ立っていることが多いが、子供だけが人間に気づかずに取り残されていると、親達は少し離れたころから心配そうに子供を見守っている。そして子供が人間に気づいて親のところに駆け込むと、待ち受けた親達は安心したかのように子供を受け入れ、一緒になってみんなで遠くに遠ざかっていく。
時雨山に登る道をさがしてみた。最初はけものみちのような道があるが途中で途切れてしまう。ダムの両サイドから攻めてみたがどちらも同じだ。岩場の岩はもろくて崩れやすく、雲行きも少し怪しくなってきたので、やむなく引き返してしまった。
3月19日(火) 晴れ
今日はよく晴れたので島の南側に位置する千尋岩(せんじんいわ)に歩いて行くことにした。地図には道が載っていないので、出かける前に市野さんからポイントを教わっていった。それを聞いておかなければ、ひとりでは到達できていなかったと思う。地図とコンパスと所々に枝に巻きつけてあるテープをたよりに山の中を歩いていった。そのテープがしばらく途切れてしまうことがたびたびあるので、地図とにらめっこしたり何度も引き返したりしたりだった。危険なところはないけれど迷いやすいルートだ。プーランから2時間ちょっとで千尋岩にたどりついた。赤い土と岩が剥き出しになっている絶壁だ。海や空の青とのコントラストが美しい。近くには南島が見え、それからこの場所からははるか町の方も見えるのだった。僕はここがとても気に入ってしまった。誰もいなくて何もないところだけど、ここなら1日いても退屈しないと思う。もう一度来てみたいと思った。
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| 赤いテープを見逃すと迷ってしまう。でも楽しい。 | 千尋岩は赤土と空のコントラストがいい。 | 下は絶壁。足がすくむ。 |
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| 向こうは南島。 | 帰りにおが丸が港を離れていったのが見えた。 |
帰り道、衝立山あたりで、おが丸の出港の汽笛が聞こえてきた。見晴らしのよいところに出てみると、おが丸が港を出ていく姿が見えた。
今日は19日。夜空には僕が共勝丸に乗ったときに見たのと同じ形をした三日月が出ていた。早いものだ。あれからちょうど1ヶ月たった。
3月20日(水) 晴れ
今日は僕達「父島ビートルズ」(いつの間にかそんな名前になっていた)の出番の日だ。そもそも今日はどういう日なのかというと、Captain
Cook という島のいわゆるファーストフードであるクレープ屋さんをやってらした平田さんという方が、3月で島を離れることになり、そのお友達や有志がこの近所にある交流センターに集まって、楽器を弾いたり踊ったりしながらみんなで送別会をやろうという日なのである。そのほかにも今年は島を離れる人が多いと聞いた。僕は去年きたとき、Captain
Cook でチキンカツを食べたことがあった。とても美味しいお店だったのに今はすでに無いのが残念である。
交流センターは大きなログハウスで、地元の人が公民館のように使用しているみたいだ。演奏をやる人たちは昼すぎごろからぼちぼち集まって、リハーサルを始めたりする。今日は7グループも参加するらしい。杉山さんもお酒で調子付いて機材のセッティングに腕を振るう。
夕方になると島のお友達がそれぞれ手作りのご馳走を持ち寄ってやってきた。3、40名ほども集まった。その中の半分ちかい人は僕も顔を知っている。豆腐屋のダンナさんは僕達のビートルズにドラムで参加した。小笠原の塩の小屋で働いていたおじさんは太鼓を叩いていた。いつかのバスの若い運転手さんはソロでボサノバのギターを弾いた。チカちゃんや豆腐屋の奥さんたちの女性陣はしなやかにフラダンスを踊ってみせた。そのほかにもみなさんそれぞれ個性ある人たちばかりだった。
お酒やお料理をいただきながら演奏できたことももちろん楽しいが、こういう島の人たちの交流の場に参加できたことをとても嬉しく思った。「8月には島の祭りがあるからまた来たら。」などと、またまた調子にのせられそうになった。:)
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| 車に楽器を積んで出かける。 | ログハウスの交流センター。 | 送別会には大勢あつまった。 | 平田さんは歌もたくさん作っている。 |
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| 清水さん、平田さん、杉山さん、シゲキさん。 | 女性陣のフラダンスはしなやか。 | 夜12時近くまで残って飲んでた。 | 市野さんはハシャギすぎて正体なくした。 |
3月21日(木) 晴れ
春分の日。島では卒園式をやっているそうだ。そういえば最近は暖かくなってきたような気がする。先日までは昼間でもフリースが手放せなかったのだが、近頃のお天気のせいか、いらなくなった。でも僕は去年来たときよりも今年は少し涼しい気がする。
今朝から軽い二日酔いで水ばっかり飲んでいた。1日まったりと静かにすごす。清水さんや市野さんも同じだった。
先日、ケータ島に行った際、Papaya の船の中に置き忘れていたシュノーケルとマスクを町まで取りに行った。パパイヤマートでの買出しの帰りに見た夕日は三日月山のシルエットが美しかった。
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| 朝はいつも外で食べる。 | 三日月山のシルエット。 | 頭上にはそろそろ半月。 |
3月22日(金) 快晴
初めての西海岸に歩いていく。(西海岸といっても地図で見ると島の南東部にある。) ここに行けば、僕は去年の中海岸、東海岸に続いて、3大難所の海岸(と僕は勝手に決めつけている)を制覇することになる。西海岸までのルートは一応、地図には載っている。けれども迷いやすいと聞いていたので、出かける前に清水さんにポイントを教わっていった。最初は千尋岩に行く道と同じだが途中で分岐する。さらに進むと、プーランから一時間ほどで中間地点となる大きな大きなガジュマルの林にでた。ここまでは順調。その林の中で、左側にぶら下がっていた丸い目印に気づいていればその先も難なく道なりに行けたのだが、それに気づかずまっすぐ林を突っ切ってしまったので、道がぼやけて、違う道に迷い込んでしまった。どうも逆方向に向かっているようなので、仕方なくまたガジュマルの林に戻ってみた。すると丸い目印がみつかった。ここで30分くらいロスしたようだ。そこからどんどん歩いていくとやがて西海岸や巽(たつみ)島が見渡せる場所に出た。下りればもう西海岸なのだが、ここでも海岸に下りる道がわからずに、左手後方にぶら下がっていた目印を見逃して先に進みすぎてしまい、厄介な岩場や藪の中を下りていく羽目になって、結局遠回りして、海岸の端っこに降り立った。ここでも30分くらいロスした。どうにか2時間半ほどで、西海岸に到着した。
波打ち際には、ブタ海岸と同じように、サメ(もしくはネムリブカ)やエイが群れとなって漂っていた。どうやら奴らはいつもセットで出没しているようだ。ビーチの砂は緑色をしていた。何の色だろう。沖には巽島が見えた。
帰りの西海岸から上がる道はすぐに見つかった。行くときもこの道に気づいて下りてくれば、簡単に行けたのに。多分、次からは一時間半ほどで行けると思う。結局、西海岸へは分岐のポイントさえ押さえておけば、中海岸、東海岸などに比べれば楽勝で歩いていける道だということがわかった。少し時間があったので、帰りに千尋岩の近くまで行ってみた。けれども先日行った同じルートを通ってみたが、マスターしたつもりがまた迷いそうになった。西海岸よりも千尋岩へ行くルートの方が、よっぽど迷いやすい。今日は千尋岩あたりは、東から西の方向へすごい勢いでガスが流れていた。空は晴れているのだけど。
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| 手前は西海岸。向こうは巽島。 | 西海岸のビーチ。 | 緑色の砂。 | 波打ち際には大きなエイが漂っている。 |
夜、ピエールさんがご飯を食べに来た。この人も3月で島の勤務を終えて内地に戻り、富士山で気象のお仕事をすることになっているそうだ。このところ飲み会続きみたいで、今夜もそう言って飲みに出かけた。
3月23日(土) 雨
朝から南風が強い。前線が近い模様。部屋に置といたハカラメは葉のまわりから吹き出た芽からさらに小さな葉が生えて順調に育っている。
チャリンコで福祉センターに行ってみた。ここには本やマンガや雑誌や新聞などがおいてあるので、何週間かぶりに束になった新聞に目を通してみた。島では6日ごとに入港する船によって新聞や雑誌が内地からまとめて送られてくる。世の中、まあ、あまり大したことは起こっていないみたいだ。情報が乏しくても今のところ僕にはあまり影響ない。
夕方から雨が降りだした。時折、雷が鳴った。歩道のトンネルで雨宿りしていたが、止みそうもないので、潔くびしょぬれになってチャリンコを漕ぎ出した。この雨の中、今日も足を付かずにプーランまでぬかるみの坂を完走した。根性だしてしまった。
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| ハカラメから新たな小さな葉が生えた。 | 町にある福祉センター。 | トンネルの中で雨宿り。 |
夜は、杉山さんや豆腐屋さんたちがご馳走持ってきて、ピエールさんのお別れ会だった。といいながら、1歳に満たない豆腐屋さんの無邪気な赤ん坊にみんな夢中になっていた。
3月24日(日) 曇り
今日もあまりすっきりしない天気だ。小笠原に3泊4日で遊びに来る人も割りと多いが、こういうふうに天気があまり良くないと、ちょっと気の毒に思ったりする。
中海岸に歩いていく。中海岸は去年に引き続き2度目だ。地図にはない沢づたいに下りていくという難所がある。中海岸は結構しんどい。すり傷だらけだ。2時間40分くらいかかった。帰りは同じ沢をまた登っていくのもまたしんどいので、思い切って南側の崖をよじ登って、尾根づたいのルートをとった。そうすると、西海岸への道に突き当たれるからだ。そこもほとんどけもの道だったが、地図上でどのあたりを歩いているかはしっかり把握できた。けれど、どこかで水筒を落としたらしい。中海岸のビーチかその後の崖のぼりの時かもしれない。
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| 中海岸と巽島を望む。 | 中海岸のビーチ。 |
プーランで最後の夕食後、学生3人組とグリーンペペ(光るキノコ)を見に行く。一昨日プーランに来たときから彼らは「みたい、みたい」と言っていて、僕もまだ見たことがなかったので一緒に便乗した。暗闇の中、ジャングルを歩いておりたところに、やがて学生が直径1センチくらいのちいさなやつ1個だけ見つけた。真っ暗な中に確かに青白く光っている。不思議な生き物だ。時期的にはもう少し暖かくなるとたくさん見れるらしい。それから、オオコウモリをみようと、ヤシの葉の通りにある地面に仰向けに寝そべって静かに待ってた。しばらくするとバサバサと音をたててオオコウモリが何匹も飛び交っているのを目撃した。これらが、今回の滞在の最後の嬉しい発見だった。
3月25日(月) 曇り
いよいよ小笠原を立つ日になった。僕は1ヶ月以上滞在した。今にも泣きそうな空は去年と同じだ。今日は3月最後の出港日で、そして平田さんをはじめ島を去る人たちが多いので、港にはかなり大勢の別れを惜しむ人たちが見送りに集まっていた。清水さん、市野さんの2人は今日はカヤックで見送りすると張り切っている。お世話になった人たちに挨拶を交わして船に乗船すると、デッキにはもう人垣ができていて、僕はなかなか前に出ることができなかった。すると2双のカヤックが海に現れた。それに対して何事だと白バイのサイレンが鳴り出した。そんなことはおかまいなしに、港から遠ざかっていくおが丸にカヤックが全速力でついてきた。そして突然ロールした2つの船体の裏には「Get
Back」の文字が…。プーランのお2人は最後に粋なパフォーマンスを見せてくれた。船内では結構ウケていた。:)
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| カヤックで見送る準備。 | 大勢の見送りの人たち。 | 最後に出港間際に唄う平田さん。 | 全速力でおっかけてくるプーランの二人。 |
3月26日(火) 曇り
自宅に戻っても、普通よくある旅疲れや虚脱感というものがない。むしろこれから先が楽しみである。このあとまたすぐに別の新しいことをやらなければならないからからなのだろう。小笠原は二千人ほどの小さな島だ。だからひとりひとりの役割や意味はその分大きいのだと思う。僕もそういうふうに暮らしてみたい。