| 「東洋のガラパゴス」 -小笠原父島滞在記- | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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3月14日(水)
今日は平日なので、自宅から竹芝桟橋までの道のりは通勤ラッシュで、重いザックをかかえながらの移動はちょっと大変だった。浜松町駅で降りて徒歩10分。竹芝桟橋到着。チケットを往復購入する。
おがさわら丸乗船。思ったよりも乗客は多かった。そろそろ春休みも近くなるので、これから次第に多くなるのかな。船内の設備は北海道航路のフェリーに比べると、シアターや、お風呂もないが(そのかわりシャワーは完備)、内装はパステル調で明るくて新しい。二等船室に行くと毛布が所狭しと敷き詰められていた。僕の場所はちょうど出入り口のところで、しかもコンセントが近くにあったのでラッキーだった。自分の場所でPCが使える。隣の男性の旅行客が「狭いですね」と声を掛けてきた。以降、彼としばらく話をしながら船の中を過ごすことになった。沖縄、北海道はバイクでよく行っているらしく、旅の話で盛り上がった。僕は小笠原の宿をまだ予約していない。工程もまだ決めていない。ガイドブックをみながらゆっくり検討することにした。そうそう、ホテルシップスは最近は止めてしまっているようだ。GWや夏休みも今のところ実施する予定はないらしい。船の中はケータイは圏外だ。
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昼食のおにぎりを食べると眠くなり、2度ほど昼寝をしてしまったら、目がさめるともう日が暮れていた。日没を見るのを見逃した。明日の朝日を楽しみにしていよう。外は風が強いが、少し生温くなってきたような気がする。
3月15日(木)
5時41分の日の出を見るために起きてデッキに出てみたが、少し曇っていて、お日様がのぞいたのはほんの一瞬だった。でもその後、日が高くなると天気が良くなってきた。
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しばらくすると船内放送で「進行方向右手に鯨が見えます」とアナウンスがあったので急いでデッキに出てみると、はるか向こうに確かにクジラが飛沫をあげてジャンプしているのが見えた。望遠ズームではっきりと確認することができた。初めて見ることができてうれしい。
午前10時半ころ父島に到着した。外は暖かいな。本土でいうと初夏の頃の陽気だ。ちょっと汗ばむくらい。半袖でもいいし長袖でもいい。でも風が吹くと涼しい。僕はこれが小笠原の当たり前の天気だと思っていたが、後で聞くとこんなに暖かく天気のいい日は久しぶりだったらしい。さてと宿を決めなければならない。思ったよりも観光客が多かったことを考えると、町から離れた辺鄙で不便なところにある宿の方が静かでいいかもしれない。それから20日あたりに母島行きの船が出るらしいので、後半は母島にも行ってみたい。まずいくつか候補の中の第一番目の宿「プーランビレッジ」に電話を入れてみた。そこはジョンビーチにも一番近そうだし自然に囲まれた静かな宿のようだから。留守電だった。観光案内所でも同じ場所に連絡を入れてもらった。しばらくすると宿からケータイに今から迎えに行くという連絡が入った。これで決まってまずはひと安心。待合所で待ってしばらくすると宿のヘルパーの若いお兄さんが軽自動車で迎えに来てくれた。荷物を積んで、まずレンタバイクを借りようと思い、父島タクシーに寄ってもらって10日分借りた。それから僕はバイクにのって軽自動車の後を付いていくことにした。ここから宿までは10分位だ。途中、小笠原のコンビニ「美津ストア」に寄って、お昼の弁当を買った。丘を登ってうっそうとした林の中を行くと、その中に立っている宿に到着した、小高い丘の上にあって海が見え、宿の回りはアカギやヒメツバキといった緑の樹木が生い茂って鳥のさえずりも聞こえる。おお、これぞ僕のイメージにぴったりの理想の宿だ。
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中に入ると、オーナーの清水さんが早速、すでに到着していた他の宿泊客3名に説明をしていた。僕も途中からだったがそれに混じって説明や案内を受けた。するとこれからもう一人飛び込みの宿泊客が来るらしいので僕とその人と一緒に再度、説明を聞くことになった。彼女は一人旅の若い女性だった。宿の日のあたるベランダに出てくつろぎ、談笑しながら清水さんのお話を聞いたり宿の中の設備の説明を聞いたりした。清水さんは自然保護や環境問題にすごく関心を寄せているようで、知識も知恵もあり、ゴミを持ちこまない持ち出さないことに自ら積極的に取り組んでいる。宿の中では自然環境を壊さないための工夫がされている。それとこのコテージはこの方の手作りだというので驚いた。清水さんは宿泊客には最初にご挨拶しながらこういった話題も交えてお話されているようで、一日何回も話すと疲れちゃう、と笑いながら言っていたが、なるほど聞いてみてよくわかった。その熱意は半端なものではないということがよく伝わった。今回の宿泊客は僕を含めて5名である。
とにかくこの宿は町から離れて自然に囲まれてのんびりできそうなので、母島行きはやめてここにずっと連泊してもいいな、と思うようになってきた。そうしているうちに清水さんと若い一人のスタッフ市野さんがリビングで気持ちよくギターを鳴らし始めたので、そばに置いてあったキーボードを僕もなんとなく合わせて混ぜてもらって弾いてみた。すると、「おっ、ピアノをやれる人が来てくれた。今、曲を作っている最中なんだけどいっしょに作ってくれない? それで22日頃にちょっとバンドでやりたいから一緒に出ない?」なんて誘われたものだから、僕もついその気になってしまって、僕はちょうどその頃に母島に行こうかどうか迷っていたのだけど、思い切ってここにずっと連泊する踏ん切りができた。よかった、よかった。
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僕は3畳位の広さのこじんまりとした離れのお部屋に案内された。宿は全部オーナーが古材を手作りで建てたらしので決してきれいな宿ではないけれど、僕にとっては十分過ぎるほど快適なお部屋だ。ベッドと机が置いてあってちょっとした書斎だ。窓からは海が見えるし、回りの生い茂った林の中からは鳥のさえずりも聞こえる。それからこの宿は犬の「らん丸」と猫の「モミー」(ハワイ語で真珠)もこの宿の一員だ。「コナ」というお隣の猫も遊びにきている。
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夕方近くになって、みんなで町に買出しに連れていってもらうことになった、この宿は自炊して気が向いたらそれぞれの料理をもちよってみんなで楽しく分け合って食事をいただく、あるいは自分で部屋で勝手に食べてもいい、そんな自由なところだ。今日はみんな宿泊の初日ということもあってみんなで一緒に自炊することになり、宿のオーナー清水さんが運転するバンにみんな乗っけてもらって、町のスーパーまで買出しに出かけた。「パパイヤマート」に到着するとそこは地元の人や宿の宿泊客で賑わっていた。今日は入港日。島の人たちは内地から物資が送り届けられるこの日を楽しみにしているようだ。青果物などは種類も豊富でそれらはお店の外にダンボールのまま並べられて売られていた。さながら市場のようだった。スーパーの前でラッパを鳴らしながらライトバンで豆腐を売っている女性の方がいた。とても素敵で魅力的だった。僕は印象に残ってしまったので、また別の日にでも彼女が豆腐を売っている姿の写真を撮らせていただきたいなと思った。雑誌や新聞、日用品などもここのスーパーで買える。買出しといってもどの位の量を買っていいのか最初はちょっと見当がつかなかったが、野菜やパンや必要な調味料など食材を買い込んだ。足りないものは後でみんなでシェアできるように交渉するのも良いし。ちなみに小笠原近海で捕れた魚はお店には無い。みんな内地などの高級料亭に流れるからだ。この店に出回っているのは、内地から送られてきた冷凍の魚や肉である。
宿に戻ってみんなで晩飯作りの開始。僕の担当は飯炊きとポテトサラダと秋刀魚の塩焼きということにした。この際、組み合わせはあまり関係ない。こうやってみんなの手料理が出揃うと食卓は賑やかになった。ご馳走だ。みんなのいろんな話を聞きながら楽しい団欒だ。ひとつ驚いたことがある。僕はこの今日の宿泊客の中で自分が最年長かと思っていたのだが、一人で来られている既婚の52才の男性の方がいらっしゃった。その人の風貌をみると若くて僕よりもてっきり年下かなと思っていたのである。なるほどよく聞くと物腰の柔らかい話し方して経験豊富で含蓄のある話をされている。あーあ、騙された。:)
食事が終わって、外にある露天風呂に入ることにした。もちろんこれも手作りのようだ。林の中の露天のジャグジー風呂だ。これがまた気持ちいい。するとここのお昼に宿まで案内してくれたヘルパーの若者「セキシンさん」も入ってきたので、彼からいろいろスポットなどを教わった。明日はシーカヤックをやってみよう。
夜になると、思ったよりも冷えてきた。長袖シャツくらいは必要だ。寒暖の差が大きいのかな。夜中、何度か雨が降る音で目を覚ましたが、翌朝は快晴だったので、亜熱帯気候らしい変わりやすいお天気みたいだ。
3月16日(金)
快晴。朝早く目がさめてしまった。それでもぐっすり眠れたようだ。近くを散歩して朝の新鮮な空気を吸った。朝食は昨日買ってきたパンで軽く腹ごしらえ。今日はスタッフの方にシーカヤックに連れて行ってもらうようお願いしてある。昼食の弁当も自分で準備した。
宿のある丘を下って海に出るとそこはすぐ扇浦海岸である。今日はここからシーカヤックで沖合いに出ることになっている。
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簡単な説明を受けた後、扇浦からボートを出す。シーカヤックは初めてだが意外とスイスイ進むもので楽しい。しかし波に対して平行になると少し不安定になってしまう。スタッフの市野さんから少しずつ教わりながら沖へ出て行った。
慣れてきたところで隣の砂浜に上陸して今度はシュノーケルダイビング。海は透き通っていて珊瑚がきれいだ。
今度は沖合いの要岩を大回りして境浦の砂浜に降り立って今朝宿で作ってきた手作り弁当でみんなで昼食。かなりお腹が減っていた。砂絵遊びもやった。みんな童心に帰る。自分の絵心の無さ。:)
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三たび、舟でしかいけないような別の砂浜シュガービーチに上陸して温かい紅茶を沸かして飲んで一服する。あたりにはモモタマナの木の実が漂流して砂浜に散らばっていた。これを割って中の小さな実を食べるとおいしい。ただ外の皮が厚くて堅い。僕はなかなか割ることができなかった。宿の近辺にも散らばっているのでまた暇見つけてトライしてみよう。日が傾いてきたのでもとの扇浦の海岸に漕いで戻った。もうこの頃になるとシーカヤックも自分の体の一部みたいに感じていた。ちょっと言い過ぎか。?
:) でも漕いでいる体勢が悪いのか若干腰にきていた。今日はかなり漕いだり潜ったり楽しんだ。それにしても宿のスタッフのみなさんは準備、片付け、案内などで、見ているとかなり重労働のようだ。でも楽しんでやっているようで羨ましい。
晩ご飯は昨日買出ししたあり合わせの食材でいろんな料理が出来上がった。みんなで食べればまた旨い。みなさん料理も手際よくて上手い。今回の宿泊客は話を聞くとみんな自然派。これから仕事をどうしようかと考えいる人もいらっしゃる。自分も含めて田舎で暮らしたい人ばかり。どうやらここはそういう人たちが自ずと集まってくる場所のようだ。海外青年隊の経験のある女性の話によると僕のような年齢でもシニアクラスのようなコースがあるらしい。僕も興味はあるのでいろいろと話を聞いた。また、若い一組の夫婦は自然学校関係のお仕事をしていたそうだ。
今夜は満天の星。スタッフのセキシンさんから、あとでもっと綺麗に見えるところに連れて行ってあげるよ、と誘われていたのに、いつのまにか自分の部屋でうっかりウトウト寝てしまっていた。ごめんなさい。:)
3月17日(土)
今朝はしとしと雨が降っていた。少し肌寒い。スタッフの話によると天気はあまり良くないけど、風が無くて海は穏やからしいのでシーカヤックで南島に行くとのこと。でも僕は今日は宿のベランダで海でも見ながらこうやって日記を書いたり昼寝をしてのんびり過ごすことにした。今日は何もしない日だ。滞在中にまだ機会はありそうだし。自分の食材は尽きてきたので、朝食はジャガバタと牛乳。夕方はまた買出しに行こう。
お昼には雨もあがって日も差してきてすっかりお天気になった。午後はヘルパーのお姉さん「チカちゃん」とベランダでお茶を飲みながらしばらくお話していた。2年位前に小笠原に移住してきてこちらで保母さんをやっているかたわら、時々ここでお手伝いしているのだそうだ。話を聞いているとこの人も自然体の人のようだ。
2時過ぎ、バイクで「美津ストア」に行って島寿司を買ったあと、チカちゃんに教わった島の北部にある三日月山のウェザーステーションに行ってみた。ここには見晴らしのよい展望台がある。ホエールウォッチングで有名らしい。10人くらいの人が来ていた。ここで騒いでもクジラが逃げるわけでもないのにみんな静かに海を眺めていたのがなんとなくおかしかった。:)
のんびり昼寝をしている人も何人かいた。ここで、宿で一緒の宿泊客の中の若い夫婦とばったり会った。彼らものんびりと双眼鏡で眺めていた。2,
3Km先の沖合いに時々クジラが潮を吹いているのが小さく見えた。今の時期はザトウクジラなのだろうか。こういうふうに陸から見れるだけでも僕は満足だ。展望台の柵の下は崖になっているが、首筋のあたりが綺麗なブルー色したイソヒヨドリが飛んでいる。
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僕は小笠原に来てからPCとケータイでの通信がなぜか未だ成功していなかったので、どこか電話回線で通信できる公衆電話を探そうと思っていたところ、町の近くにNTTがあることに気づいたので行ってみた。案の定、そこにはグレーの電話ボックスがひとつあって回線が使えた。そこで溜まっていたメールをやっと見ることができた。
日が傾きかけて、パパイヤマートと酒屋で買出しして6時ごろ宿に戻った。今晩は一緒の宿泊客の中の一組の「桃太郎さん」カップルが最後の夜なので、スタッフの人たちとみんなで一緒に食事をすることになった。各々作って持ち寄った手料理や捕ったばかりのイカの料理で食卓はすごく賑やかになった。オーナーの清水さんは最後にギターを持ってきて、自作の唄を何曲か披露してくださった。
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3月18日(日)
曇り、時々雨。バイクで町まで行って土産やさんをぶらぶら。小笠原の塩を買おうと思ったが、どこも高そうなので今日のところはためらった。あとで宿の人に聞いたら、値段はどこも同じだよとのこと。ちなみにおみやげやさんでは150gの小袋で350円だった。
その足で島の北にある宮の浜海岸まで行ってみた。さらに、まだ通ったことの無い、島の尾根をバイクで通って宿まで戻った。夜明山、宇宙開発事業団、中央山を回ってきた。
夕方、宿の海の見えるベランダで、宿に置いてあった「小笠原物語」という本をつらつらと読む。そういえばこの宿には小笠原関係の書籍が何冊か置いてあり、内地ではなかなか手に入りにくいものもあるので、この機会に読んでおこう。また、島には図書館もあるらしいので、そこにいくとさらに多くの書籍に巡り会えるようだ。宿のスタッフの人たちはみんな出払っていたので、お留守番していたところ、ユースに泊まっているという1人の若者が、明日以降シーカヤックをやりたいんですが、と訪ねてきた。僕ではわからないので、一応お名前と泊まっている宿を聞いておいて、もう一度あとで電話してみてください、と告げておいた。
ところで、宿のとなりの民家に住んでいる方がちょうど物置小屋を作っていたので、その人にちょっとお話を聞いてみたところ、小笠原で家を建てようとすると、建築費は内地の3倍もかかるらしい。土地は安いのではと思ったが、これもそんなことはないらしい。驚いた。物資の運搬、人件費、何から何まで高いようだ。
3月19日(月)
今日はお天気になった。
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ジョン・ジニービーチまで歩いていくことにした。宿からバイクで小港海岸まで行き、そこにバイクを置いて、そこから歩いて約2時間ところである。ジョンビーチに辿り着くまでに、中山峠を越えて一度ブタ海岸(ブタとはイルカ=海豚からきている)という砂浜に出る。それからまた一山越えて目的地に着いた。その間に僕はカメラを抱えて写真をとりながらゆっくり歩いて行った。鳥のさえずり、ヤギの歩く音、波の音、風の音いろんな音が耳に入ってくる。そういえば小笠原に来て、感覚が敏感になったような気がする。風が吹くと普段は「なんだ、寒いな」くらいしか思わないが、どっちから吹いているのか、風向きは変わったか、このくらいの強さだとシーカヤックはできるのかな、などと、風ひつとにしてもいろいろと想像できるようになってきた。
ジョンビーチには女の子が2人いた。宿のセキシンさんからジニーの方がいいよと教わっていたので、ジョンビーチでしばらく休憩した後、そのままジニーの方に歩いていった。場所的にはすぐ隣なのだが、間に岬のような岩場が突き出ているのでここを越えるのがまたちょっと大変だ。岩場の上まで登るとそこから今度は急な砂の斜面をずるずるとすべるように降りなければならない。そこには猫の額ほどのジニービーチがあった。なるほどプライベートビーチだけあってこんなところには誰も来ないはずだ。男性が1人いた。早速海に入ってみたが、ちょっと冷たい。そして潮の流れが速かったので下手すると流されそうになる。ほんの2,
30m先に小さな岩場があってそこへ泳いで渡りたかったが、ちょっと躊躇した。そうしているうちにもう2人やってきた。気軽に声をかけてきてくれた。さらにしばらくするとみんな戻っていって、僕ひとりになった。もうこの時間から来る人もいないだろう。やったぁ。これからがプライベートビーチタイムだ。
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帰りに野生のヤギを何頭も見かけた。奴等がいた後を通ると、マトンの生肉のような匂いがする。こういうところにいると匂いにも敏感になる。
夜は宿に居候されているセキシンさんに宿から歩いて五分のところの砲台跡の星が綺麗に見える場所へ連れて行ってもらった。真っ暗闇の中を手探り状態であるかなければならない。僕は彼から真っ暗闇の中を歩く楽しみや極意を教わる。彼は暗闇のことを語らせるといくらでも喋ってくれるほど暗闇フェチのようだ。:)
今日は晴れている。けれど突然屋根バチバチとなって雨が降りだした。でも外に出ると快晴だ。あれっ、今のは雨じゃなかったの、と思っていたら、木になっているたくさんの小さな実が突然の風に吹かれて一斉に落ちてテラスの屋根に落ちたときの音だったようだ。
3月20日(火)
北の浜海岸から兄島までシーカヤック。今日でシーカヤックは2度目。一昨日、シーカヤックをやりたいんですけど、と僕が宿の留守番をしている間に訪ねてきたユースの若者も一緒だった。お天気は良くなかったけど、捕れたアカハタでお味噌汁作って浜で食べたのが最高に旨かった。しかし今日の僕は獲物の収獲は無かったのでおすそ分けしてもらった。:) この日、僕は結局一度もアカハタにはお目にかかれなかった。どうやら僕は食べる魚ではなく綺麗な熱帯魚達に関心が向いてたようである。そうなると、たとえ視界に入っているにもかかわらず見えないものである。兄島瀬戸は海の色が今まで見た色と違ってグランブルーで吸い込まれそうな色だったのが印象的。なぜこんな色になるのだろう。兄島は無人島で全然手付かずのところ。小さな沢があり、そこを少し登ってみた。水は不思議と生温い。普通、沢の水は冷たいというイメージがあるのに。野生のヤギもいたが、これがなぜか父島と違って真っ白なんだ。不思議だ。兄島瀬戸は潮流が早くて危険なことで有名らしい。この日も沖合いに白波が立っていて、その波をカヤックが越えるごとにフワッとした気持ちよい感覚になる。
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夜、昨日に引き続き、セキシンさんとテラスで話をする。なぜかというとタバコを吸うのは僕ら2人だけのようなので、一緒になって長々と話をすることが多いのだ。彼はまだ26才(会社でいうと入社2,3年目の年代)の青年でこの宿に居候の状態でお手伝いしてるようだが、自分の考えをしっかりともっているみたいだ。それから、自然の本来の楽しみ方をさりげなく僕によく教えてくれる。視覚だけにたよらず、聴覚、嗅覚、触覚、味覚など人間の五感を総動員して自分の身近な自然に触れ合えば、なぜかな、という疑問が湧いたり、そのことに興味をもちはじめたりして、それが自ずと自然の楽しみ方につながる。ひとつひとつ例を交えて教えてくれる。このことは小笠原に来て僕の大事な収獲のひとつになりそうな気がする。僕の話を快く聞いてくれるのもありがたかった。
ここにきてから、テレビは全然見ていない。曜日の感覚もあまりない。世の中の情勢がどうなっているのかよくわからないけど、気にならなくなった。
3月21日(水)
今朝は南風だ。雲の動きをみる習慣が少しついてきた。暖かくなりそうだ。お天気も良い。けど、今日はちょっと湿気があるなと思っていたら、雨が降り出してきた。小笠原のお天気は変わりやすい。天気予報もここでは当たらないとオーナーは言っていた。一緒に宿泊していた女性の宿泊客のペコちゃんは今日でこの宿とはお別れだ。今日は入港日だが他に宿泊客の予定は無いらしく、今日からこの宿には僕1人になった。本読んだり宿のスタッフの人たちとお話したりお手伝いすることにしよう。今日は何もしない日だ。
今日はオーナーの清水さんも一日宿にいらっしゃったので、夕方ごろからリビングでピアノを弾いたりして2人で曲を演奏したりして楽しんだ。
そうだ。今日は入港日なので、「パパイヤマート」に食材の買出しに行かなければ。キッチンの食材も底をついてきた頃だった。しかし、僕は、先週パパイヤマートの前で、車で豆腐を売っていらっしゃったお姉さんにもう一度会ってみたかったのである。行くと今日も豆腐屋の車があって彼女はラッパをパーフーと鳴らしながら豆腐を売っていた。清水さんが言うには、驚くことに彼女は以前プーランビレッジでシーカヤックのインスラクターのお手伝いをやっていたそうで、大学時代はリバーカヤックの選手で国体にも出て一時はオリンピックも目指していたとのこと。ああ、なんとなく僕が彼女に惹かれてしまったわけがわかった。申し訳ないけど写真を撮らさせてもらった。昨日、セキシンさんに「旅学」という素敵な写真集を紹介してもらったが、その本の中にも、彼女のことやプーランビレッジの話が載っていたのである。そうそう、セキシンさんは、内地でこの写真集を見てプーランビレッジで働こうと小笠原に行く決心をした、とも言っていた。僕もこの写真集はとても気に入ってしまったので、帰ったら早速本屋で探してみたい。
3月22日(木)
朝からお天気になった。市野さんは毎朝、「らん丸」を連れて近くの海岸までお散歩に出かけるが、今日は僕も一緒にコペペ海岸までお供させてもらった。コペペ海岸までは歩いて15分位だ。僕は途中寄り道して、トーチカといって海岸に向かって洞窟みたいになっているところに1人で行ってみた。海に向かってちょうど窓があいたような格好になっていて、西側を向いているので、夕日を見るには最高のポイントだと教わった。
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午後は、今度はセキシンさんに誘われて近くを山歩きをした。彼は木や花の名前やその由来などを僕に丁寧に教えながら、ジャングルの中を先導してくれる。それから動植物の生態系の話も詳しいのでとても為になる。ちょっとした山のガイド人みたいになってくれた。倒木があって、その幹にキクラゲが生えていた。それらを採ってきて、ラーメンに入れて食べてみたらスーパーで売っているものよりもこりこりとした歯ざわりがあって旨かった。ジャングルの中のでっかいガジュマロの迷路のような木の根っこをくぐり抜けるとやがて小さな沢に出た、その沢沿いに下りて行くと、朝、散歩で立ち寄った、コペペ海岸に辿りついた。その頃、時刻もちょうど夕暮れに近づいてきたので、夕日が綺麗に見えるトーチカに再度2人で行ってみた。洞窟の中から見ると大きな額縁の中に収まった絵画のようである。大きな太陽がゆっくり沈んでいくが、あいにくちょうど水平線の部分は雲が厚くて、日没の瞬間は見ることはできなかった。でもあきらめることはない。今日がだめでもチャンスはいくらでもあるさ。ということで、僕は延泊を決めた。:)
セキシンさんは、よしそれならばということで、次は父島の東側のそれこそ誰も足を踏み入れないであろうジャングルの山道の探検に朝飯と昼飯を持って出かけようと誘ってくれた。ありがたい。楽しみだ。宿への帰り道で、島の天然記念物オオコオモリを発見した。今の季節はまだ少ないらしいので、ラッキーだった。
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夜は宿のオーナーの清水さんからお声がかかって、リビングで一緒にご馳走になった。みると、スタッフのみなさんの島のお友達であろう2人のお客さんも遊びに来ていた。1人は町でリサイクルショップの経営、もう1人は村役場に勤めていらっしゃる方だった。どうやらにわかバンドの練習にきたらしく、ギターを持参してきていた。テーブルには獲れたばかりのマグロ漬けや島のプチトマト、新ジャガなどのご馳走が出されておいしくいただいた。食事が終わると、僕もピアノで混じって早速練習開始。聞くところによると4月の上旬頃に清水さんたちは何かの会で出し物としてちょっとした演奏を予定しているらしく、今日はその練習日だったようだ。僕はその日には島にはすでにいないのだが、練習だけでも参加させてもらえて、みなさんからも喜ばれたし、僕もすごく楽しかった。あと一週間のうちに、もう一回くらい練習をやるらしい。:) セキシンさんは、昨夜イカ釣りに出かけて大物をばらしたのが相当くやしかったらしく、また今夜もひとりイカ釣りに出かけていったようだ。:)
面白いことに、誰がいつ何を釣ったかとか、何をばらしたとか、そういう噂が島中にあっという間に広がるみたいだ。今日も昼間、セキシンさんと2人で歩いていて、彼の知り合いと会ったときに、イカをばらした話題がすでに伝わっていた。さっきの夕食のときも同じくその話でもちきりだった。:)
だんだん僕も居候状態になってきた。:)
夜、寝る前に、砲台跡にひとり行って、スターウォッチングしてきた。写真も撮ってみたがうまくいっただろうか。
3月23日(金)
今日も快晴。清水さんとセキシンさんは南島の方をぐるっとまわってさらに島の東海岸の方までシーカヤックに朝から出かけた。年に一度あるかないかの強行軍らしい。今日は風もなく穏やかなので、シーカヤックにはもってこいの天気なのだろう。セキシンさんは、一緒に行く行かないは別にしても、こういうラッキーな日に居合わせただけでも価値有るよ、と言ってくれた。市野さんはいつものとおり観光客を相手のシーカヤック教室に出かけた。ということで、今日は僕は宿でお留守番することにした。お昼からはまたコペペ海岸にでも行って泳いでみよう。そして昨日綺麗に見れなかった、トーチカからの夕焼けにもう一度チャレンジしてみよう。
午前中は宿のお留守番をしていた。
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午後からコペペビーチに泳ぎに行った。昨日、沢から降り立った地点までシュノーケルで潜ったりした。でも泳ぐにはまだ少し冷たいかな。海から上がるとさらに寒く感じる。燦燦とふりそそぐ太陽を浴びてビーチにごろんと寝転がっていると、いつの間にか眠りこけてしまった。あまりに気持ちよかったので一度目がさめたのだが、二度寝までしてしまった。日が傾いてきた。今日こそは日没がみれるかなと期待しつつ、トーチカに足を向けた。うん、いい具合に日が落ちてきた。しかし、水平線付近は昨日よりもさらに厚い雲で覆われていて、肝心の日没の瞬間は今日も見逃してしまった。また明日があるさ。このトーチカ通いは日課になりそうだ。:)
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宿に戻ると、母島に行っていた52才の先日の同じ宿泊客(料理好きの怪しい歯科医師 :)が戻っていた。この方はお料理好きなので、今日からまた食事のメニューが少しはリッチになりそうだ。
3月24日(土)
今日はシーカヤックで南島に行くことにした。シーカヤックは今日で3回目。南島は僕が楽しみにしていたスポットのひとつだ。お天気は良くて波も静かで、これは期待大。オーナーの清水さんをはじめ総勢7名で小港海岸から出発した。沖に出てしばらくすると、そばで漕いでいたセキシンさんが、ウミガメが見えた、と教えてくれた。見えた。沖合いに豆粒のように漂っているのが見えた。これは意外だった。まずはポイント1点。さらに沖合いに進むと、イルカのウォッチングの舟に近づいてきた。「イルカが7頭ほどいますよ」と舟のスピーカーから聞こえてきたので、僕達はシーカヤックをそっと音を立てずに漕ぎながら少しずつ近づいていった。いたいた。10数メートル先でイルカが時折海面に跳ねている。バンドウイルカだ。次々に別の場所に現れては消え、イルカたたきのようだ。これでポイント2点。そうそう、イルカは昼間はお昼寝するそうだ。今はお昼寝中のようなのでそっとしておきたいものだ。しばらくするとどこかでブシューッと音がした。やった。今度はクジラだ。この時期だとザトウクジラだ。100mくらい先に巨大な体が海から現れた。出来るだけ近くでみようと思って、カヤックを進めると、また別の場所で音がして、潮を吹いている。今度はクジラたたきだ。ポイント3点。なんとか豆粒のような尾ひれが海面から突き出しているショットを「写ルンです」でとらえることができたが、果たしてちゃんと撮れただろうか。南島のシーカヤックだけでこんな3度もおいしい体験をさせてもらった。超ラッキー。波のコンディションも良いうえに、イルカやクジラが見れて、こんなことはそう滅多に無いと、清水さんも言っていた。僕達はクジラやイルカに夢中になっていたおかげでだいぶ沖合いに流されてきたようだ。クジラにさよならして、そろそろ目的地の南島を目指すことにした。
小港海岸を出てから約2時間弱。外側から南島の岩の大きなトンネルをくぐると、エメラルド色の扇池と真っ白なビーチが視界に飛び込んできた。やった。南島到着。ここは無人島の楽園だ。
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小高い丘の上に上ってみんなでお弁当。本当に良いお天気。水平線を眺めていると時折、クジラがジャンプしているのが見える。ぼーっと眺めていると僕はこんな遠い島に何を求めてやって来たんだろうと不思議な感覚を覚えた。
扇池や鮫池に出てダイビング。水は透明で綺麗でウェットスーツを着なくても冷たくはなかった。しかし、湾の外に出るころになると次第に寒くなってきたので、急いで引き返したりした。
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束の間の南島を十分満喫して、島を後にした。南島から生物を持ち出したり島へ持ち込んだりしては行けないというルールがあるのだが、気づいたら島でみつけたピンポン球がくしゃくしゃになったようなウミガメの卵の殻がくっついてきた。思ったよりも殻はすごく薄かった。岩場には南島に生息するカツオドリが羽を休めていた。海は帰りも穏やかで海面は波も立たず、鏡のようにツルツルしている。まったりとした航海である。
宿に戻って6時過ぎ頃、新しい宿泊客がやってきた。4名の家族連れだ。賑やかになりそうだ。
空が少し曇ってきた。明日はお天気が崩れるのだろうか。
3月25日(日)
朝からどんより曇っていた。時々雨がぱらついていた。今日は何もしない日だ。部屋でお昼寝していたら市野さんが町に買い物に行くというので便乗した。今日は出港日でちょうど船が出るところで、蛍の光が流れていた。最初の予定ではこの船で僕も帰る予定だったけど今日、乗船日の変更手続きをした。帰りに
CaptainCook という甘いもの屋でおやつ代わりにクレープとチキンカツを買った。ここのは全部おいしいよと市野さんが教えてくれた店だ。
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お昼過ぎから雨が本降りになってきた。僕がこちらにきて初めてのまとまった雨のようだ。再び部屋のベッドでごろんと横になり本を読んだり日記でも書いていると、いつのまにか深い眠りに陥ってしまった。これが今までに味わったことの無い不思議な深い眠りだったような気がする。何度か目を覚ますことがあったがそれは夢の中のことだった。
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もしもおまえが
枯れ葉ってなんの役に立つの? ときいたなら
私は答えるだろう、
枯れ葉は病んだ土を肥やすんだと。
おまえはきく、冬はなぜ必要なの?
するとわたしは答えるだろう、
新しい葉を生み出すためさと。
おまえはきく、
葉っぱはなんであんなに緑なの? と
そこでわたしは答える、
なぜって、やつらは命の力にあふれてるからだ。
おまえがまたきく、
夏が終わらなきゃならないわけは? と
わたしは答える、
葉っぱどもがみな死んでいけるようにさ。
〜「今日は死ぬのにもってこいの日 MANY WINTERS」の一節より〜
*********
朝から風が強かった。昨日の雨はあがったけれど、厚い雲に覆われている。あまり遠くには行けそうもないので、宿のみんなで犬のらん丸も連れて、近くまでワラビ採りに出かけることになった。宿の奥の道からジャングルの中に入っていった。すると、倒木に、またまたキクラゲが生えているのを発見した。今日のはデカイぞ。よし、またこれを採ってラーメンに添えていただこう。ずっと歩いていくと15分くらいで小高いお花畑に出た。ワラビが所々に生えていた。ワラビ採りは小学生以来のような気がする。最初のうちはすぐにはみつからなかったけれど、枯れた藁が集まっているところに多く生えていることを発見した。今日明日分くらいの量は確保できそうだ。おひたしやお味噌汁にはちょうど良い。
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午後はバイクで町に出かけた。用事があって寄ってみたいところがいくつかあったからだ。まず農協。ここのATMでお金を会社の口座に振込みたかったのだが、ATMが故障していて使えなかった。それで次に郵便局に行ってみた。書留で送ると船便の関係でちょっと遅れてしまうことが判明。電信も手数料が高い。なので結局、会社の庶務さんにメールして、来月支払いで勘弁してちょうだいとお願いしてお許しを得た。そのあと、島の物件情報をリサーチしたくて商工観光協会に寄ってみた。聞いてみると、小笠原には不動産屋さんというものが存在しない。なので基本的には自分の足で物件を探し回るしかないようだ。隣の村役場にも行って聞いてみたが、こちらでも同様なことを言っていた。物件としては
1K タイプのアパートがほとんどのようで、一間にキッチンとユニットバスがついたタイプで7万円くらいが相場のようだ。そうでないものは5万円くらいから。あと、物件としては少ないが二間になると、9万円程度になる。だから全体としては相場は高い。そうそう、商工観光協会に行ったとき、ここでもまた職員の間で釣りの話題がなされていて、「どこどこのシンちゃんが1.8kgを釣った…」などという話を耳にしたとき、ああ、先日のあの時の話と同じだと思っておかしかった。次にビジターセンターに行ってみた。ここでは小笠原の自然に関する展示物やレクチャーがあり、最近は夜の8時過ぎまでやっている。入るとすぐに案内の係りの人が説明しにそばに寄ってきた。ところが話をしてみると、どっかで見たことがあるなと思っていたら、なんとプーランのお隣の民家に住んでらっしゃる方だった。先日、物置小屋を作っていて、家の建築費はいくらだどうのこうのと教えてくれた人だった。同時に猫のコナのご主人でもある。まあなんと狭い島だろう。:)
なんだそうでしたか、などと世間話しているとセキシンさんもビジターセンターに遊びにやってきた。彼は自然大好き人間のようだからここに来るのも全然不思議ではない。セキシンさんに、小笠原で記念に買っておきたいもののコレッていうお薦めは何かと聞いたところ、彼らしく、「小笠原の自然 東洋のガラパゴス」というフィールドガイドブック(1800円 古今書院)をかなり強力に薦めてくれた。言ってみれば小笠原の動植物をすべて網羅したコンパクトな図鑑のようなものでビジターセンターにも置いてあった。帰るまでに是非買うことにした。内地では手に入りにくいらしい。
今日も一日中すっきりしないお天気だった。一時、ひどいにわか雨になったりした。低気圧にぶら下がっている前線が、まだ近くにいるらしい。
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3月27日(火)
今日は久しぶりに晴れそうだ。セキシンさんと、楽しみにしていた山歩きをすることにした。今日は市野さんも一緒だ。この2人がいてくれれば怖いものはない。:)
宿のほかの人たちはみんなジョン・ジニービーチに行っている。残った僕ら3人で山へ出発した。宿から歩いて、島の東側にある巽(たつみ)湾の西海岸にでることが今日の目標だ。そこまでには山や谷やジャングルの中を越えていかなければならない。おそらく道らしい道はないはずだ。そしてこんな危険な山道に入っていく観光客もまずいないだろう。
山に入っていくとしばらくは道らしい道があったが、次第に、木の幹に貼り付けてある目印の赤いテープもなくなってきて、そうなると地図とセキシンさんたちの土地勘に頼らざるを得ない。セキシンさんは普段よく山歩きもしているが、今日のルートは初めてらしい。市野さんとセキシンさんは途中、めずらしい植物を見かけると、これは何だ?
といって、図鑑を取り出して調べたりする。色や匂いや触感にもとても敏感だ。スタッフの人たちは鋭い観察力をもっている。
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山奥の中で、「中」という文字が見つかった。おそらく巽湾の中海岸に出る方向を指しているのだろう。僕達は西海岸はやめて、確実な中海岸の方へ向かうことにした。ヤギ道みたいなところを歩いてしばらくすると小さな沢に出た。水は深そうにもないが、下に下りる道はなくて、沢沿いの切り立った岩場を足を踏み外さないように慎重に渡らなければならない。キケンだ。しかしこれはまだ序の口だった。
宿を出て二時間半くらいで巽湾の中海岸に出た。もちろんこんなところには誰もいない。ここでお弁当。セキシンさんは近くにあった岩場のトーチカの中からオガサワラグワの木片を拾ってきた。この木はとても堅くて幹の密度が非常に濃く、sinking
tree といって水にも沈んでしまう木だ。小笠原でも数は相当少なく、希少価値がある。(しかしちょっと色が薄いのでもしかしたらシマグワなのかもしれないと言っていた。)
この木を細工していろんな造形物に使えるらしい。そういえばオーナーの清水さんはこの木を削って作ったお箸を使っていたし、セキシンさんの部屋のドアのノブはこの木で造られていた。僕もセキシンさんから一片の片割れをもらって持ち帰ることにした。これでMyお箸を作ってみよう。市野さんは砂や貝の採集が趣味で、集めてきては小さなガラス瓶に詰めていた。
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さて、休憩おわって次は東海岸を目指すことにした。ここからの直線距離は1キロもなさそうだが、その間には道がなくて、断崖絶壁を渡っていくしかない。しかもこの辺の岩は枕状溶岩でもろくて崩れやすいので、慎重に足場を確認していかなければならない。一歩踏み外せば簡単に死ねるようなところである。下を見てしまうとヤバイのでなるべく見ないようにする。遠くでヤギのいつもとは違う鳴き声がした。みると向かいの断崖で親子のヤギのうちお母さんヤギが5,
6m下の崖に落ちてしまい、それで子供のヤギが鳴いていたのだった。ヤギが落ちてしまった。次は自分達なのかな。:)
自力でもなんとか渡り歩けたが、どうしても足場が確保できないようなところがあって、そんなときはセキシンさんが肩や手を貸してくれた。
必死の思いで東海岸に出た。ここで再び休憩。ここから目の前には鳥山という山が見える。そこにも登ってみるか、このままゆっくりと宿にもどるか、セキシンさんは考えていたが、時間もあまりなさそうだし、道もわからないので、ゆっくりと宿にもどることにした。また明日もあるし。さてと、ここからの帰り道もまた大変だ。目印の赤いテープは所々見つかるが、すぐに見失ってしまい、何度か行ったり後戻ったりしながら、ジャングルの中を登っていく。こんな時、やはり地図と赤いテープの目印は重要だな。それからロープを持参していればかなり楽だったと思う。雨がぽつりぽつりときていた。本降りにならなければいいが。かなり上にのぼってきたところで、また断崖が立ちはだかっていた。70度くらいかな。この岩場をのぼらなければならない。意を決して慎重に慎重に足場を確認しながら必死の思いで岩にしがみつきながら難所をくり抜けた。あーあ、ここでも簡単に死ねるな。:)
この間の写真は無いが撮影どころではなかったことを物語っている。
岩場を越えてさらにジャングルの中を歩きつづけると、向こうの方にアスファルトの道路が見えた。やった、これで宿に無事生還できる。道路に出るとみんな安堵感いっぱいで思わずアスファルトの上にへなへなと腰をおろしてしまった。3人で裸足になってアスファルトの上をぺたぺたと歩いて帰った。後姿をみていると、小学生が夏休みに遊び疲れて夕方とぼとぼと家路をたどる情景を思い出しておかしかった。:) 途中、農作業していた一人のおじさんに会った。話によると昔はこのあたりの山の中はちゃとした山道があったそうだが、今は全部崩れて無いのだそうだ。宿に戻ったのは日も暮れて6時過ぎていた。超過激で楽しかった一日である。一生忘れないだろう。一方、ジョンビーチに行っていた五才になるカイ君はジニービーチにも歩いて行けたそうで、お父さん達は子供の可能性に感心していた。
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3月28日(水)
朝から雨。手足にこさえたいくつもの生傷が昨日の山歩きのハードさを物語っていた。昨夜のお風呂もヒリヒリして痛かった。:)
雨がちょっと小降りになったところで、ビジターセンターにバイクで行ってみた。お目当ては小笠原の地形マップである。ここには山登りに最適な小笠原の詳細地形図が無料で手に入るのである。昨日の山登りも重宝した。それから町のおみやげやさん「まるひ」で、セキシンさんに紹介してもらった「小笠原の自然 東洋のガラパゴス」の図鑑を買った。帰りにプーランの近くにあるギャラリー喫茶「わしっこ」に寄ってみた。和紙でかたどったいろんなお魚たちを展示販売してある。見事なものだ。紅茶を飲みながらくつろいだ。外は雨だし。
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夜、「たっちゃん。ごはんだよ」と呼ばれてキッチンに行ってみると、テーブルには手作りのギョウザやイカの刺身など、たくさんの料理が並んでいた。明日、島を発つ僕ともうひとりの「52才の怪しい歯科医師さん」のために、宿のみんなでお別れ会をやっていただいたのだった。ありがたい。
3月29日(木)
空は今にも泣きそうな天気だ。いよいよ島を後にする日になった。こちらにきて早くも14泊を過ごしたことになる。僕は早々起きて部屋の片付けや荷物をパッキングした。荷物はさほど増えてはいないはずだが、思ったよりも時間がかかった。プーランの宿の前ではみんなでお互いに記念写真の撮影大会となった。出発間際、宿のお庭の木にキクラゲが生えているのを発見した。僕もちょっとだけ観察力がついたようだ。最近の雨で肉厚のやつが成長している。ラーメンにいいぞと、もぎとって東京に持って帰った。
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出航時刻は10時だ。宿の清水さん、市野さん、セキシンさん、それから宿泊しているカイ君家族も、みんなで二見港に見送りに来てくれた。一人一人と堅い握手を交わして乗船した。二見港にはたくさんの人が見送りにきていた。
清水さん、長い間お部屋を提供していただいて大変お世話になりました。ピアノ弾いたり歌ったり楽しく過ごせました。市野さん、シーカヤックを楽しく教えていだいてありがとうございました。いずれ御岳に遊びに行きます。そしてセキシンさん、自然の楽しみ方を教えてくれたり、毎日毎日、僕の話し相手になっていただいて、心が和みました。またどこかで会いましょう。
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船が出ても、しばらくは何隻かの小さな船が沖まで見送ってくれていた。
船内に戻ると、一緒の「52才の怪しい歯科医師さん」に僕のVAIOで手取り足取りPC教室をすることになった。彼はPCを触るのは全く初めてだがとても興味をもっていてこれを機に何とかして習いたかったようなのだ。文字の入力の仕方や、カットアンドペーストなどから教えた。しかし小さいディスプレイを凝視していたので彼は一度船酔いしてしまったが、トイレに行ってすっきりしてくると、ますます熱中してあれこれ聞いてきた。中田英寿のMpeg動画も気に入ってずっと見ていた。結局、次の日下船するまで、彼にPCを渡して、その間、ずっとPCを触り続けていたようだ。:)
3月30日(金)
午前11時過ぎ、竹芝桟橋到着。船から下りると気温が低くて寒かったが、それでいて辺りは桜が満開なのにはびっくりした。僕と彼は浜松町の地下のレストランに入ってランチをとることにした。彼は「PCの講習料」といって飯をおごってくれたり携帯のデンタルブラシをもらった。相当PCに親近感を覚えたようだった。おそらく早速ご自分のPCを買うつもりだろう。:)
青梅付近も桜は満開だった。翌日(3/31)はなんと雪になった。小笠原に滞在した時間が嘘みたいだった。僕は真っ黒になって帰ってきたが、心の療養に行ってきたのだと、誰が信じてくれることだろうか。:)
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■この宿にきて発見したすてきな書籍
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・「旅学」っていう写真集は超ステキだ。東京に帰ったら絶対取り寄せよう。/NECO PUBLISHING CO. 1143円。 ・「好きになっちゃった小笠原」双葉社1500円。 ・「南の島のブラブラ おがさわらの歩き方」/すなふきん編集部 1200円 ・「今日は死ぬのにもってこいの日 MANY WINTERS」 ナンシー・ウッド著/るめくまーる 1751円 ・「辺境へ、世界の果てへ」小野寺誠著 / 青弓社 ・「地の果てに住む」リチャード・リオ著 野田知祐訳 ・「ジェロニモ」 フォレスト・カーター著 / めるくまーる ・「微笑を生きる」 ティク・ナット・ハン / 春秋社 ・ナナオカサキ詩集「地球B」 / 人間家族編集室 ・「実践的お天気入門」 阿海光南著 / 山海堂 |
■その他小笠原で発見したこと。(僕にとっては「発見」とは「喜び」である)
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・砂浜に転がっている蒼い透明な綺麗な石は「ビーチグラス」。 ・島のガソリンはリッター181円。 ・「ぎょさん」(魚師のサンダル)のほかに「ぎょぱん」(魚師のパンツ)もあるらしい。 ・プーランの近くの砲台跡でスターウォッチング。 ・小笠原のヤモリは、キッキッキッキッと鳴く。冷蔵庫の陰で毎晩鳴いていた。 ・小笠原でケータイを使ったモバイルは不可、だと「好きになっちゃった小笠原」の本には書いてあった。実際、僕も不可だった。 ・市販のクリームチーズに、冷奴とまったく同じように花かつおとネギと醤油もしくはドレッシングをかけると、とってもおいしいおつまみになる。同じ宿泊客に教わった一品料理。沖縄のトウフヨウに似ている。 |
■島で覚えた動植物
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・アカギ=三枚の葉 ・ヒメツバキ=実が落ちる ・タマナ=葉が肉厚 ・モモタマナ=唯一の紅葉。実は美味しい。 ・モクマオウ=松の葉によく似ている ・ケッチグサ=(ホナガソウ)紫色の花 ・ハスノハギリ=葉のつき方がはすの葉のような桐の木 ・タコノキ=パンダナスボニネンシス ・アノールトカゲ=緑色 ・オガサワラトカゲ=茶色。保護色。 ・イソヒヨドリ=崖っぷちを良く飛んでいる。首筋が青い。 ・カツオドリ=南島に生息 ・クサトベラ=南島に生息 ・オガサワラグワ=sinking tree |
■誰の趣味だかよくわからないが宿のキッチンにはセンスの良い曲のCDがたくさんおいてあり、好き勝手にいつも聞いている。
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・Forgiven Not Forgotten / the Corrs ・Turblent Indigo / Joni Mitchell ・UB40 LABOUR OF LOVE II ・Eurythmics We Too Are One ・Eurythmics Greatest Hits |